昨日の夕刻、昔の総務スタッフによる送別会があり、姫路駅前の居酒屋「
うおっとり」で行われ、お招きを頂いた。総務と言っても事務部門が中心であったが、当時食堂担当のHさんが幹事をされて、退職の方にもお声を掛けられたようで、先輩のSさんや、総務事務を一緒にやって頂いた、Oさんも来て頂いていた。
Oさんとは3年ぶりの再会であったが、随分痩せておられたので、気にはなっていたが、自分から現在の職務がきつく、身体をこわしてしまい、退職の申し出をしているのであるが、後任がいないとかで延ばされているそうである。毎晩10時頃までの勤務で、当時となら随分痩せてほっそりしていた。
何年か前に、一度総務メンバーで会食をしたことがあり、今回は、ソノメンバーからついこの前胃がんの摘出手術を行われたTさんや、長崎にお母さんを残してこちらに来られて住まいしているIさんが、昨日からお母さんの様子を見に帰省されたそうで、欠席であった。Iさんは、会社からも退職を慰留されたが、自由にお母さんの様子を見に帰りたいと、敢えて断って退職されて、定期的に行き来されておられるようで、頭が下がる親孝行の方である。
出席された、S先輩は、退職され10年近くなるが、未だに日頃PCの指導だけでなく、いろいろ先輩としてアドバイスを頂いている。今回お声を掛けて頂いたHさんには今回もご自分で作成された、左馬と名が入った湯のみを記念に頂いた。最近の釜入れの作品だそうで、命名は安全を祈願しているといっておられたが、いつもながら釉薬の鮮やかな使い方で、綺麗な作品である。
Kさんは、総務から現在は営業事務におられ、転々と職場移動されておられるようで、定年までなんとか居たいといっておられたが、まだまだ安泰な人事ではないと思われる。
このように、旧総務メンバーは全員退職や移動でいなくなってしまった。唯一の残っていたO君も先に病気で亡くなってしまい、今や総務の生え抜きはいなくなっていることを改めて知ることとなった。
そのためかどうかは知らないが、勝手は会社中枢にいた者達にとっても、情報は殆ど遅れて伝わっているようである。また昔と違って、殺伐としたコミニケーションの話しかなく、誰それが辞めたとか、同席の退職された人にとっては、もうわからない話になっており、自分もそのような、蚊帳の外になってしまう日も近いような気がした。
皆さんから退職後のことを、ご心配の余りに尋ねられて、来月1日から就職内定していることを伝えたところ、心から安心をして頂いた。正式採用になった際には、改めて会社にも届出して、皆さんにも報告をしようと思っている。
もうすぐ定年日がやってくる。休暇取得から一ヶ月経過で、やっと次の職が内定した。