前社のOB会で前泊した「サンピア夢前」から、「ヤマサ蒲鉾」の工場見学を終えて昼前に帰ってきた。朝食がバイキングだったもので、ついつい一品づつ取って満腹となったので、お昼も抜いた。
家内から明石の叔父の入院見舞いを言われていたので、二人で明石市民病院へ出かけた。出発前にカーナビで場所を確認すると、明石公園の西側で、何度もその前は通ったことがあるので、直ぐに分かった。
昭和4年生まれの叔父は、母親の弟に当たり78歳を向かえられている。小柄であるが筋肉質の頑丈な体つきである。毎年この時期には「春の便り」として自家製の「イカナゴの釘煮」を送ってもらっていた。
病室は2人部屋であったが、ベッドが一つ空いていたので個室のようである。入室するなり「恒ちゃん!今年はイカナゴの釘煮は出来ひんわ!」と言われる。何か催促にでも伺ったようであるが、身体を直すよう話をした。腹水が溜まって大きなお腹をしていた。既に3回ほど11リッター程出したようである。お腹が張るので食欲は無いとのことであった。もう1ヶ月以上入院しているそうである。
叔父の長女の主人が吹田で内科医を開業しているので、入院の翌日見舞ってくれ、主治医と話をされたと言うことであり、身内に医学の専門家がいるということは羨ましい限りである。
前日家内は加古川に住む、この叔父の姉で、私の母親の姉でもある大正6年生まれの90歳になったばかりの叔母を加古川市民病院に見舞ったばかりで、母方の弟姉も高齢を向かえ、今年母親の7回忌をするつもりであるが、最悪この調子では闘病中であれば出席は無理かも知れないと思った。