メタボ写真が届いた。日曜月曜日と大学のクラブ同窓4人で旅行した際に写したスナップ写真が早速kさんから届いた。私も皆に同じくデジカメ写真を送っていたので到着した知らせが相次いで届いた。
クラブの先輩のHP
「駿府会」にクラブの同期のページを作っておられて、そこに当日の写真を掲載していたら、早速私と同期の指揮者であったSさんからコメントが入り、その後先輩からもキツイコメントも入った。
4人の写真がメタボカルテット?になっているように思われていた。当時の紅顔の美少年?が厚顔のブタに変身したようでもあると後からその「思いで旅行」写真を見ると感じてしまう。
しかし元気な証拠である。旅行中の思い出話からも愉快なクラブ仲間の一こまを紹介すると、新人の際に先輩方の前で自己紹介すると、姉さんや妹はいるかと聞かれ、いますと答えると、お前に似ているかと?と更に尋ねられて、似ていませんと答えると、「良しっ!通す!」と笑い声と共に大きな声が続いたことが出たが、今もって支離滅裂な可笑しい行事で有ったと思う。
いつもユーモアを持ち笑い声が絶えなかったクラブであるが、一面技術追求を追い求め極限の音を追及していた。例えば倍音など一オクターブ上のの音が微かに聞こえているのであるが、最初は全くわからなかった。耳を澄ましても聞こえなかったがさすが高学年になると聞こえはした。
半音下がっているとか言われると、全くお手上げである。理論的には解っても全体が同じなら一緒ではないかと思っていたら、先輩方は十数年前の音源での録音が不備からか再生するとどうもハーモニーが違っていることが解ったので、再度修正した録音CDを作り直されたと伺った。
絶対音程の持ち主というのを聞いたことがあるが、今回の仲間との旅行でも演奏旅行での最初のピアノか音叉での取り間違いで最後の音程が違っていたとの話しが出てきた。いつもIさんの記憶力には関心さされるが、今回もこのような披露がいくらもあり、彼は生き字引であると思った。
当時のクラブ活動も大勢の人員を抱えたメタボ運営であったが、部長や庶務、マネージャーやパートリーダーに人事と細かく役割分担が行なわれてメタボの運営解消に一生懸命だったことが、思い出の旅行からも解ってきた。
三重のTさんからは元気な内に早く次もやろうぜと、1年も待っておられないとの督促も入った次第である。