昨日は大学の
「ホームカミングデー」が有り、7時半の受付に間に合うべく、大学からの配布資料もあったので自転車で駅南まで出かけた。幸いと言えば語弊があるが、前日の「友引」に叔母の葬式を決行されたので、この日は予定通り参加することが出来た。尤も葬儀会館も私達だけではあったが、叔母の娘婿が自動車部品販売Oの会長であるから、その関係の花輪が会場には入り切らず、外にも出ており、これが平日であれば他家にご迷惑をお掛けしてしまうことであったと思われる。
話は余談になったが、大型バスをチャーターして22名で参加した。内校友は16名で後はその家族であった。ご主人の母校を奥さんや家族に見せられたり、お孫さんに大きくなったら爺ちゃんの学校に進学しなさいとの思いで無理やり?連れて来られている方もおられた。
車中では各人が大学時代の思い出を往路と帰路に分かれて熱く話された。また中には漢字で有名な
「白川静」先生にご興味の女性も校友の会社会長さんに連れられて参加をしておられた。
8時に出発して、10時半に大学の衣笠キャンパスに到着した。到着後は午後5時半出発まで自由行動であったので、私は早速既に到着して待ってもらっていた大学時代のクラブの同窓滋賀県のKさん、三重県のTさんと携帯で場所を確認して合流した。既に大勢の人が往来しており、先ずは往路の車中で使用した学校紹介のCDをお返しすべく本部テントに私だけ向った。返却はしたのだが、今度は一緒に行った校友と近道で戻って行ったが、その校友は屋外の記念グッズ販売などを求めておられたので、待たしていた二人とは離れたようで、地図を見ても校舎ばかりで、方角も分からず結局待っている二人に来てもらうこととした。昔は広々とした感じで衣笠山や周りの風景も見られたが、中に入るとスッカリ変貌してしまっている。都会のオフィスビル街の少し緑が多いところである。
友人達と合流して、昔懐かしい広小路キャンパスの展示場などを見学し、地下の食堂で、「懐かしのメニュー」と当時のレシピで作った定食などが並んでいた。私達の頃は55円定食があったが、今は懐かしい思い出である。
食事の最中に突然携帯に電話が入り、福岡のSさんからだった。私達の頃の学生指揮者であった。先輩の
「ホームページ」をご覧になって、私達が合流している頃だろうとの思いから、電話されたものである。それを友人達に携帯をそれぞれ回すと、驚いていた。何せ卒業の昭和44年依頼だから41年振りの会話となる。私もメールでの会話はあるが、直接の電話は始めてであった。
そして、その後2年先輩の静岡のSAさん、地元のTさんSIさんと再会した。2年前の校友大会ではSさんSIさんとはお会いしたが、Tさんとは卒業以来であった。6人で近くの校舎に仕立てたテラスでビールを飲みながら昔の楽しい話を伺った。相変らずSさんは面白く、先輩方のお話はボケと突っ込みの掛け合い漫才のようで、私達は笑い転げていた。来年は再会されるようである。
先輩方と別れて、時間潰し?で「白川静」の展示物などを見て回ったが、アルコールも入っていたので、身体もだるくなり、動かず特設会場でのアトラクションを見た。何故か東映の時代劇俳優の悪者顔?のチームが殺陣を披露していた。どこかテレビの中で見た、どれも怖い顔の人達ばかりであるが、息のあったスピード感溢れる迫力あるショーで面白かった。どうして映画が関係あるのかなと思ったが、ここには映像学部が出来ており、この後の「おしん」役の
「小林綾子」さんの話が有ったり、寅さんの
「山田洋二」監督もこの日講演されていた。
友人達とは4時に分かれたが、その後も特設ステージで学生サークルの音楽や舞踏を見ていた。