昨日の朝日新聞朝刊の別刷り紙面
「Be版」に男声コーラス「デュークエイセス」の「フェニックスハネムーン」が紹介されて懐かしく読んだ。私が大学時代のクラブ活動で男声合唱団にのめり込んでいた際に、ダークダックスやボニージャックスと並び人気のあったコーラスグループであった。
ダークやボニーはそれぞれ慶応や早稲田の名門出であって、ロシア民謡や童謡などを唄ってその存在は早くから知られていたが、デュークは寄り合い所帯でジャズを唄っていた。作詞・永六輔、作曲・いずみたく、歌・デューク・エイセスというスタイルで制作された「日本のうた」シリーズの中から、「女ひとり」「いい湯だな」「フェニックス・ハネムーン」など数多くのヒットソングが生まれた。
私達は愛唱歌のように歌ったものである。卒業後も仲間の結婚式では新郎がソロを唄い仲間がハモるということで私の結婚式も歌ったことを覚えている。当時は今の様にハネムーンは海外では無く、新聞記事にもあるが宮崎がブームであった。因みに私達は伊豆箱根であった。その後新婚旅行は沖縄から海外へ移って行ったがその歴史を感じる歌でもあった。
大学時代には夏場に演奏旅行があって宮崎にも出向いたことがあった。確かえびの高原で解散し、そこから仲間と鹿児島の桜島へ行ったことを思い出した。そこからどのようにして帰ったのか覚えていない。当時のことは抜群の記憶力の持ち主の同級生のI君に再会した際に尋ねてみようと思っている。学生時代を思い出した懐かしい名前の特集記事であった。