昔、「桜守」という水上勉の小説を読んだことがある。ふとそのことを思い出した。工場の周辺は桜の樹が植えられており、季節には春を満喫できる。
2日間シルバーの叔父さんと二人で午後から工場の周辺の斜面の草刈の手伝いをして、2日目である。初日に刈り込みを進められて、その後の草の処分をしていたが、二日目にはそれらの処分と合わせて、桜の樹に巻きついているツタが気になり、主にその巻きついたツタを取ることに終始した。そのために枯れたのではないのだろうが、ツタが桜の木を覆ってしまって、桜の木から異種の葉っぱが出ているのがあったり、葉っぱで覆われてしまって幹も太いツタの枝で巻きつかれ、まるで蛇に巻きつかれたように不気味である。太いツタは植物というより、ムカデのように足を一杯桜の幹に張り付いて、少々の力では取れない。足元も傾斜しており、作業も難しい。
そんな中で、下草の刈り取りは出来ているが、樹に巻き付いたツタ草までは処理しておらず、2日目は、刈った草を集めるよりも、撒きつかれて苦しそうな桜の樹の解放をしてやろうと思った。そして来年この樹が綺麗な花を付けるのだろうかと思った次第である。
先ずは、撒きついた葉っぱを落とし小さな小枝を選び引っ張り出し、それを樹から放し、続いてその枝が出ていた、元の枝を探し出して同様のことを繰り返して行った。実に根気が要る作業である。無抵抗の桜が、完全にツタに負けている。最初は小さいので油断していたが、撒かれて段々太くなり、一面ツタの葉っぱで覆われて、見るからに窒息しているようである。数ヶ月の様子でない、何年もかかった有様が今の状態であると思った。桜を一定の間隔で植林し、数十年かけて育ってきたその中の一部が、他の植物に侵食されているのである。
それも自然であると言えば、仕方が無いが、植物が肉食生き物のように感じてしまう。数本しか巻きついたのを解放できなかったが、中には完全に枯れてしまって、蟻の巣のような状態になったものもあり、蹴り倒すと山の斜面を転がり落ちて行った。
あわてて、隣家とのフェンスで止まって折れた樹を斜面の社有地へ戻した。その辺りには明るさが差し込んでいるように思われたが、例によって、虫に刺されたのか、ツタの樹液に負けたのか、軍手と長袖の間の手首辺りに赤い発疹が出来て、腕や胸元辺りにも飛び火しているようである。素人の桜守はこれが精一杯である。
それにしても、総務の仕事はバラエティである。屋外の草引きが、ここでは木こり同然であるから実に愉快である。